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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

ヒッチハイク仲間の”新保君”に出会った

                           ≪十月八日≫    ―壱―

                     *

   この旅に出て、周期的に風邪をひく。
 ひどい時には、暫く咳が止まらなくて、苦しい時がある。
 今朝の風邪は、軽いもののようだ。
 ここイスタンブールに到着するまでに、日本の友達に貰った薬は、あれほど大量にあったのに、もう底をついてきた。

               <薬>

         1、テルペラン錠(消化器系惣訴治療剤)
          2、パナシットカプセル(抗菌性化学療法剤)
           3、エスペラン錠
            4、ジョサマイシン錠
             5、ブルフェン錠(非ピリン系坑炎症鎮痛解熱剤)

   以上5種類の、大量の薬がもう残っていないのだ。
 おかげと言うべきか、大病も風土病にもかからず、ここまでやってこられた。
 そのかわりと言おうか、今の俺の体内には、雑菌と言う雑菌が死滅してしまい、外的に対して無菌状態と言わざるを得ないのだろう。

   イスタンブールに到着して、気持ちのいい朝の一呼吸だ。
 シュラフの中が、暖かすぎるほどだ。
 今日は午前中、グランド・バザールを覗いてみることにしている。
 今まで、バザールと言えば、Street・バザールが多かったのだが、ここイスタンブールでは、Sq.バザールと言うらしい。
 大体の場所は聞いていたので、見つけるのはそう難しいことではないだろう。

                     *

   場所はここSatoHotelからすぐ近くで、BayazitTowerの下にある古いモスクの中に設けられていた。
 中に入ると、まるで迷路のように道は、複雑に入り組んでいるのが分る。
 道の両側には、所せましと貴金属・革製品・家具から絨毯に至るまであり、ありとあらゆるものが揃っていて、毎日がお祭りのような賑わいを見せている。
 二三度通っただけでは、全てを見ることは出来ないだろうし、一度訪れたからと言っても、同じ店をまた覗いてみたいと思っても、容易に見つけることが出来ないほど、大きなバザールなのだ。

   日本でさえ、方向音痴の俺が、中を自由に歩き回るという事は、神業に近い事なのだ。
 バザールの中には、トイレ(今もって、何処にあるのか分らないが・・。)・食堂・銀行などもあり、買い物客達や旅行者達にとっては、非常に便利な所なのだ。
 モスクの中なので、雨が降った日などは、ここで一日十分退屈を紛わせることが可能である。

   ”スリに気をつけろ!”と、現地の青年に忠告されていたが、別に気になることは無かったように思う。
 俺の服装を見て、金持ちに見えなかったことが幸いしたのかもしれない。
 ”バザールで値段交渉するには、これはと思った店に、何度も足を運ぶ事だね!”と聞いていたので、今日は見て回るだけにしようと決めていた。

   バザールの中は、まるで異次元の世界だ。
 キラキラと光る貴金属製品が、照明に映えて奇麗だ。
 歩いていると、突然声がかかった。

        ○○「ジャポン!ジャポン!」
        ○○「安いよ!安いよ!」

   気楽に声をかけてくる。
 日本人観光客は、お得意さんなのだろう。
 日本語が飛び交っている。
 しかし、こうして歩いてみると、お手軽な欲しいものが、それほどあるものではない。
 どれをとっても、高いのだ。
 貧乏旅行している俺にとっては、高嶺の花。

                    *

   二三時間バザールの中で過ごした後、モスクを出てシルケジ駅近くにある、有名な”ガラタ橋”まで行った。
 ”グンゴー”の前を、足早に過ぎようとして、ふと大きなホテルの窓を見ると、・・・・なんと、なんと居るはずのない彼が居るではないか。
 死んだか?とっくにアテネに居るはずの、我々の仲間の一人である”新保君”が、ホテルのソファに座り、女の子となにやら楽しそうに話をしている姿が目に飛び込んで来たのだ。
 我が目を疑い、もう一度じっくり見るが、彼に間違いなかった。

   彼の名前は、”新保”。
 面白い名前だ。
 このヒッチハイク競技大会に参加している仲間のうちの一人なのであるが、彼は”タイ”で別れ、そのまま”デリー”まで、飛行機で飛んだという噂が、実しやかに飛び交っていたのだ。
 その後、デリーのインフォメーションセンターで、受け取った情報によると、とっくにアテネに着いているもんだと思い込んでいたからビックリである。

   旅の途中で逢った日本人にも、彼の名前が出てきて、アフガニスタンで食中毒にかかり、暫く静養した後、ダイレクト・バスでアテネに向かったと言う話を聞いていたからなお更である。
 その彼が、のんびりと目の前で、タバコをふかしている。
 ”タイ”では、あれほど”早く日本に帰りたい!”とほざいていたのに、この余裕は一体何なんだろう。

   そして、この”グンゴー・ホテル”。
 本に載っているだけあって、次々とヒッチハイク連盟の仲間と、一部を除いて合流する事になるのである。
 タイで別れて、デリーに向かったやつ。
 有り金を全部取られて、タイに残ったやつ。
 国交の無いビルマに向かったやつ。
 バングラに向かったやつ。
 仕事の関係で日本から直接、デリーに飛んできたやつ。
 様々な経路を辿って、今ここ”グンゴー・ホテル”で、再び合流しようとは夢みたいだ。

                         *

   ”グンゴー・ホテル”に飛び込んで、タイ以来の再会を喜び合う。

       俺 「新保!」
       新保「あれ!東川さん。いつ来たの!!」
       俺 「着いたばかりさ。」
       新保「久しぶりですね。政雄もいるんですよ。」

   トイレから出てきた政雄がやってきた。

       3人「よう!よう!元気!!」
       政雄「俺、とっくにお前死んでると思って、砂漠の中、骨を捜しながら来たんだぜ。」
       新保「ここに暫く居て、トルコを南に下って、イズミールまで行って来たんですよ。もうすぐ、仲間達がイスタンブールに到着する頃だと情報が入ったもんだから、昨日戻ったばかりなんですよ。」
       俺 「余裕だね。早く帰りたいって言ってたの・・・誰だっけ。」
       新保「そんな事、言ってないですよ。それより、アテネへ行く直通バスは、92~95番に乗れば良いんですよ。僕、調べたんですから。料金は、1.25TL(30円)なんだよ。」
       俺 「そんなに安い訳無いだろ。」

   後で分った事なのだが、アテネではなく国境の街までの料金だった。

       新保「それからさ、見ちゃいました。」
       俺 「何を!」
       新保「アリ!だよ。アリ!モハメッド・アリ。目の前でさ!」
       俺 「来てたの?」
       新保「ケン・ノートンとの試合をやった次の日。この近くのブルー・モスクに来てたんだよ。群集がやけに多く、騒ぐもんだから、何かなと思ってカメラを持って、一時間以上もジッと待っていたらさ、来た!来た!来たんだよ!アリがさ。」
       俺 「良かったジャン。」
       新保「試合の次に日だって言うのに、全然腫れてないの・・・顔!少ししてアリの演説が始まったんだけど、”アリ!アリ!”ッ言うすごい声で、全然聞こえないぐらい。アリは、回教の国じゃ、生き神様なんだなーって。本当にすごかったんだから。」
       俺 「幸せなやっちゃナ!」

   新保君は、興奮しながら一気に喋り捲った。
 どうやら、本当にアリが来ていたようだ。
 俺は、生きてここに足を踏み入れる事が出来て、良かったと思っていると言うのに。
 ここに、早く日本に帰りたいと言っていた新保君の姿は無かった。


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